「ごじょ・・・」
「・・・っと、どしたチャン?」
突然後ろから体当たりしてきたのは、オレ達の同居人。
ただ、彼女はオレ達とは別次元の人間。
普段は自分からこんな風に抱きついてきたりしないんだけど、時折何の予兆もなく飛びついてくる事がある。
そんな時は大抵・・・向こうでなんかあった時。
チャンは普段は人一倍元気で、笑い上戸なのに・・・突然元気がなくなる時がある。
それがいつも一緒にいるヤツだったら大抵理由が分かるけど、オレが見てない所でなにかあったりするとお手上げだ。
チャンに直接聞くコトも出来ず、ただこうして頼りにされた時にその手を取ってやるコトくらいしか出来ない。
「・・・チャン、一旦手離すぜ?」
ぎゅっと腰に回されていた手を緩めさせて、体を反転すると・・・今にも泣きそうな顔をしたチャンが目の前に現れた。
「いつも言ってんだろ?一人で泣くなって。」
「・・・」
「何のためにオレがいると思ってんだよ。」
わざと明るく笑ってチャンの頭に手をやると、そのまま胸に抱き寄せる。
「そばにいてやるよ。」
ぶっきらぼうにそう言えば、彼女の肩が徐々に震え始めた。
――― いっつも・・・我慢すんだよな。
自分の心を隠すのは、オレも同じ。
誰にも自分の心を見せなければ傷つかないし、余計な詮索も入らない。
そう生きていたオレを変えたのは、他でもない・・・チャンだ。
本来なら話さなきゃならない過去を、彼女は知っている。
オレが禁忌の子供である事
母親の愛を受けられなかった事
オレを庇って兄貴が、母親を殺した事
そして、ガキ1人がこの世を生きて行くのにしでかした色々な事。
別に今更話した所で古傷が痛むわけでもねェし、過去が変わるわけでもない。
でもさ・・・話したくねェって思うのよ。
だから八戒にも話した事はなかった。
アイツも聞かなかったし・・・な。
チャンが来てから、オレの世界は変わり始めた。
モノクロに近かった世界にひとつ、ふたつと色が増えて行く。
絶対、キレイだと思えなかった色ですら・・・綺麗に見えていく。
なぁ・・・それがどれだけすげェコトか、わかるか?
このオレに「赤」を「綺麗な色」だと思わせて、尚且つ「花」を与えたオンナは・・・チャンだけだぜ?
あの時、心底思った。
あぁ・・・コイツがいなきゃダメだってな。
「よしよし・・・イー子だ。」
肩を震わせて一生懸命泣き声を押さえているチャンの頭を撫でてやる。
それだけで今まで聞こえなかった声が、オレの胸に届く。
――― ツライ、と
何がツライのか、何がイヤなのか・・・そばにいればそんなモンいくらでもオレがなんとかしてやるのに、さすがに見えない場所のコトじゃどうにもなんねェ。
こんなに辛そうなのに、手を貸してやりたいのに・・・今のオレに出来るのは、こうして彼女が泣く為の胸を貸すだけ。歯がゆいったらねェな。
チャンが話してラクになるならいっくらでも聞き出して、慰めてやるのに・・・チャンは話さない。
自分の事を話すのは、難しいコトだとオレは知っている。
相手に好意を持ってるなら・・・尚更だ。
「ごじょー・・・」
「はーい。」
ぎゅっとシャツを掴んでオレの名前を呼ぶチャンの姿は、オレの中にある保護欲を掻き立てる。
彼女にこんな顔をさせる全ての物から守ってやるかのように、力をいれてチャンを抱きしめる。
こんなに小さな体で、こんなに小さな手で・・・ナニを思ってる?
そんな風に泣いてたら、いつか壊れちまうんじゃねェかって・・・思う。
顔には出てねェケドそんくらい心配してるんだぜ?
ポーカーフェイスはお手のモノ、この世を生きる為の処世術。
だからなんとも思ってない顔して、チャンの肩を抱けるし涙を拭うコトも出来る。
でも・・・さ、ホントは心臓バクバクなんだぜ。
どんなオンナでもすぐに口説いて、この手に抱き寄せて一夜を明かす。
そんなコト朝飯前だったこのオレが、目の前で泣いているチャンの涙を拭う為に伸ばす手が震える時があるなんて・・・わーらっちまうよな。今時オンナの涙を拭うのに手が震えるヤツなんかいるか?
そんくらい、意識しちまう時があるって事だ。
「ごじょぉ〜」
「はーい。」
いつからだったかな・・・チャンがこんな風にオレの名前呼んで、オレが返事し始めたのは。
何気なく返事を返しただけだったのに、すっげー嬉しそうな顔して笑ってくれたよな。
だから・・・さ、チャンがオレの名前呼ぶ時はどんな時でも返事しようって思った。
そんなちっぽけな事で笑ってくれるなら、どこにいても、どんな場所でもオレは返事してやる。
「ごじょ・・・」
「はーい」
「ご・・・じょ・・・」
「・・・はーい。」
抱きしめる手は緩めない。
頭を撫でる手も、止めない。
そして・・・返事をする声も、やめない。
「悟・・・浄・・・」
「はーい」
少しずつ、少しずつ・・・いつもと同じチャンの声が戻ってくる。
その声を聞くたびに、オレの中に温かな物が沸いてくる。
オンナに対して、こんな気持ちが沸いてくるなんて考えられなかった。